自分を変えるためのたった一つの正しい哲学的方法

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自分を変えたいと思ったことはないでしょうか。

例えば、理想の体型になるためにダイエットをしたい!であるとか。

キャリアアップするためにコツコツ資格の勉強をしたい!であるとか。

いざというときに一歩踏み込めない自分を変えたい!であるとか。

様々な機会にそう感じることは多いのではないでしょうか。

しかし、そのたびにある壁にぶつかることになります。

結局続かない!、めんどくさい、しんどい、そこまでやりたくないし…

そう、その壁とは「自分を変えることは難しい」ということです。

そして、自分を変えるのに失敗するたびに思います。

「ああ、自分はなんて意志が弱いんだ」

しかし、その反省は本当に正しいのでしょうか。

意志を反省していること自体にそもそも大きな間違いがあったとしたら??

人は意志で変わることが本当にできるのでしょうか。

どうすれば、自分を変えることができるのでしょうか。

本稿では、自分を変える正しい方法を哲学的に分析していきます。

自分を変える際に「意志」は無意味

先ほど意志で変わることに対して疑問を提示しましたが、それはそもそも「意志」が幻想だからです。

存在しないものに依存して自分を変えようとするのはそもそも不可能なのです。

これはどういうことでしょうか。

これには國分功一郎/熊谷晋一郎『<責任>の生成』が参考になります。

國分功一郎/熊谷晋一郎『<責任>の生成』新曜社、2020年。

この本には以下のような記述があります(p.110)。

自分の意志で行為するということは、その行為の出発点が自分にあることを意味します。そして、意志を行為の出発点と見なすとは、その意思がピュアな源泉と見なされていることを意味します。つまり、意志に先行する原因は存在せず、何もないところに意志がむっくりと現れて行為を生み出したということです。(中略)しかし実際には、人間の精神のなかにそのような無からの創造などあり得るはずがありません。われわれには過去があってそれに影響されているし、外界からも完全に隔絶することはあり得ないわけですから、つねに外部からの刺激を受け続けている。

つまり、自分が完全に自由にできる「意志」は存在せず、様々なものに影響されて人の行為は決定されているということです。

例えば、ある服を買ったとしましょう。

それは何故でしょうか。

たまたま行ったお店にあったからかもしれない。

前日に雑誌で見かけたからかもしれない。

色合いが自分が好きなものだったからかもしれない。

友人と遊びに出かける予定が近いからかもしれない。

そういった可能性を考えていけばきりがないわけです。

なので決して「私の自由意志で決めました」とは言えないわけです。

このように、「意志」はそもそも虚構なので、それに頼って自分を変えるというのは不可能なのです。

自分を変えるために欲望をハックする

では、自分を変えるにはどうすればいいのでしょうか。

それは、「欲望」を変えることです。

虚構の「意志」に頼って、自分のやりたくないという感情を無理やりにねじ伏せるからすぐに限界をむかえるわけです。

なので、そもそも「自分を変える」ということ自体を「やりたくてやりたくて仕方ない」と思えるようになれば自分を変えることは簡単なわけです。

資格の勉強がゲームのように楽しくて楽しくて仕方ない!となれば合格は目の前です。

「そう思えたら苦労しないよ」という反論が聞こえてくるようです。

では、どうすれば自分の欲望を変えることができるのでしょうか。

以下では欲望に影響を与えている諸要素を一つ一つ見ていきます。

知らないものは欲望できない

まず、人は知らないものは欲望できません。

なので、自分がどういった欲望を抱きたいのか、何を欲望するようになりたいのかきちんと知る必要があります。

マチュピチュを知らない人はマチュピチュに行きたいとは思えないわけです。

なので、そもそも欲望を抱く第一前提として、情報を収集しましょう。

人間は環境の産物

これは哲学者東浩紀の著書『弱いつながり』にある一節です。

東浩紀『弱いつながり』幻冬舎、2016年。

ぼくたちは環境に規定されています。「かけがえのない個人」などというものは存在しません。ぼくたちが考えること、思いつくこと、欲望することは、たいてい環境から予測可能なことでしかない。あなたは、あなたの環境から予想されるパラメータの集合でしかない。

人間は想像より大きな影響を人や場所、コミュニティといった環境から影響を受けています。

なので、その環境を意図的に変えることで、思考や欲望が変わる可能性が上がります。

住む場所を変えてみることもその一つですし、自分が所属しているコミュニティを変えてみるというのも一つの手段です。

体を通じた欲望への働きかけ

体と心はつがっています。

体は心に大きな影響を与えています。

風邪をこじらせたときには弱気になってネガティブなことばかりが浮かんできますよね。

同じように、見えない精神的な欲望にも、体を通して働きかけることができます。

たとえば、髪をおしゃれな美容室で切ったときには、正体不明の自信に包まれますよね?

また、「体」は、実際の肉体を超えて延長することが可能です。

例えば、大きな車に乗ったときに、つられて運転が荒くなる人がいます。

さらにいえば、この延長可能な「体」は何も物理的なものに限られてはいません。

例えば、バーチャルyoutuberというものが最近話題です。

現実の人間がモーションキャプチャー技術を使って二次元のキャラクターを動かすことで活動しているyoutuberの総称です。

その中には、美少女のキャラを中年男性がボイスチェンジャー等を使いながら演じることで活動している人もいます。

その人たちのコメントに興味深いコメントがあります。

それは「美少女のキャラの演じているうちに、内面がそれに引きずられる。外側のキャラがセクハラを受けると苦痛を感じる」といったものです。

不思議ですよね。

人は肉体や肉体のイメージを通して、精神的にも影響を受けるのです。

なのでその肉体に働きかけることは、自分の欲望を変える手段となりえます。

カリスマと憧れ

哲学者ルドルフ・シュタイナーによれば、人のおよその感情パターンは幼い時に臨界年齢を迎え、変化に一定の制限がかかるようになります。

しかし、実は臨界年齢を過ぎた後でもそれを突破し、自分に大きな変化を加えるチャンスがあるんです。

社会学者の宮台真司は哲学者カール・シュミットを参照しながら、そのチャンスを「ミメーシス」に見出します。

宮台真司/二村ヒトシ『どうすれば愛しあえるの』ベストセラーズ、2017年。

ミメーシスとはカリスマ的人物に接触し、憧れ、その人の世界観に感染することです。

カリスマへの感染は私もこの人のようになりたい!という大きな動機づけを生み出します。

そして動機づけに従って行動しながら、絶えず「その人ならどうするか」を内省して自分の行動を修正し続けることで、自分を次第に変えていくことが可能になります。

ゲーミフィケーション

最後に、ゲーミフィケーションという概念をご存じでしょうか。

井上明人『ゲーミフィケーション』によれば「ゲームの要素をゲーム以外に適用すること」だそうです。

井上明人『ゲーミフィケーション』NHK出版、2012年。

つまり簡単に言うと、「日常のつまんないことをゲームっぽくすることで楽しくしちゃおう」ということです。

この概念は、オバマ元大統領が選挙の際に活用して、自分への応援をゲーム化することで、大人数の支持者の動員に成功したことで有名になりました。

工夫を凝らして上手く活用すれば、大きな効果をもたらすことは実証済みの手法となります。

自分を変えるためのたった一つの正しい哲学的方法

以上のように、自分を変えるに際して、「意志」というのは全く意味を持ちません。

自分の「欲望」をうまく利用し、望んで変わるように自分を仕向けることが重要です。

そのために、情報、環境、肉体、ミメーシスなど様々な手段を活用しましょう。


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