J‐P・サルトル『嘔吐』のあらすじと感想【読書会レポート#6】

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J‐P・サルトル『嘔吐』のあらすじと感想【読書会レポート#6】

【読書会レポート#6】紹介された本:J‐P・サルトル『嘔吐』

J‐P・サルトル『嘔吐』人文書院、2010年。

J‐P・サルトル『嘔吐』のあらすじ

フランスの港町ブーヴィル。

青年ロカンタンはコップを眺めていて突如吐き気に襲われる。

目の前のコップが「意味」を与えられず、ただモノとして独立して存在していることに気づいたからだ。

なんと目の前のモノの存在が弱弱しいことか。

それ以降ロカンタンは様々なものに吐き気を見出すようになる。

そして、その対象は次第にヒトに、そして自分へと移っていく。

自分の存在の意味とは!?

実存主義の哲学者サルトルによる20世紀フランス文学の金字塔!

J‐P・サルトル『嘔吐』に対する紹介者Hさんの感想・観点

※ネタバレ注意

・自分という存在の意味を相対化する作品です。読み終わった後の自分はもはや、読む前の自分とは違う存在になっていました。

・存在や人生に意味があると思い込んで生きるのと、ないかもなと思いながらもそれでも生きていくという姿勢の間には大きな差があると思いました。

・ラストで主人公が、意味はないとわかっているけど「歴史書」を書くと決めたシーンは、「そういうものか」と妙な納得がありました。

・自分は意味はないとわかっていても「善」の方向を向いていたい。

J‐P・サルトル『嘔吐』について読書会で話題になったこと・感想

宗教、国家、そして会社といった「存在・人生の意味」を社会が用意してくれていた時代は終わった、そういった感覚の蔓延が今の息苦しさにつながっているのではないでしょうか。

 


ロカンタンは意味なく歴史書を記述することを選んだとおっしゃいましたが、本当に意味はなかったのでしょうか。

歴史というのは文脈の集積であり、意味を生み出すための大きな装置です。

たとえば、「歴史に名を残す」というのは大きな人生の意味になりえます。

やはりロカンタンは、人生の意味の欠乏に耐えきれず、それを埋め合わせたかったのではないでしょうか。

サルトルが実存主義というメタな解釈をすれば、歴史書を選んだことに意味はなかったとなるしかないと思います。


人生に意味はないと気づきつつ、それに耐える有効な手立てはないのでしょうか。

J‐P・サルトル『嘔吐』に対する投稿者の感想

この作品は、ストーリーとしては意味不明で、昔読もうとして10ページで挫折したことを思い出しました。笑

なので、要約と解説を他の人から教えてもらえて嬉しかったです。

しかし、個人でサルトルの哲学を理解するための入門としては、『実存主義とは何か』が最適であるように思います。

J‐P・サルトル『嘔吐』人文書院、1996年。

この本にサルトルの言葉として有名な「実存は本質に先立つ」が出てきます。

世界にはあらかじめ、例えば神のような存在から、与えられた意味や本質は存在しません。

あるのは現実に存在しているという事実だけ。

意味は後から人間が与えたものです。

なので「こうしなければならない」や「人間はこういうものだ」といった縛りは存在しません。

人間は自由な存在です。

だからと言ってそれは何でもやっていいというわけではありません。

自由だからこそ責任が伴います。

これがサルトルの「実存主義」のおよそのまとめとなります。

さて、読書会でも話題なったのですが、「意味のない世界をそれでも生きていく強さ」はどのようにして獲得すればいいのでしょうか。

かなり世俗的な話となりますが、現代社会に適合的でかつ有効な手立てになりうる方法として「ホリエモン的行動」が一つ、挙げられるかと思います。

堀江貴文さんは、「悩むよりまず行動」や「情報が民主化された現在、差がつくのは行動力だけ」といった「行動力」を重視する考えをあらゆる著書やyoutube動画で述べています。

繰り返される彼の語り口やエピソードを聞くにつけ、この「行動力」は単なるビジネスマインドという側面を超えて、堀江さんの中で一つの練り上げられた思想になっているように感じられてきました。

堀江さんは下記の著書で「僕にとって行動とは一種の瞑想みたいなものだ。行動していれば人生の意味とかを考えないで済む」と述べていました。

堀江貴文『時間革命 1秒もムダに生きるな』朝日新聞出版、2019年。

一見荒っぽい方法のように思えますが、仮に「人生の意味」を観念上で「意味なんかない」と解決したとしても、それに人間の感情はすんなりとは適合できません。

理解できても気持ちがついていかない、そこで生じる悩みや葛藤こそが現実的な問題であり、生きていくうえで解決すべき切実な問題です。

多くの人にとって感情という現実的問題を解決するために観念をこね回すだけでは不十分であり、やはりどこかで現実での実践に接続する必要が出てきます。

なので堀江さんの話は非常に示唆的であるように思います。

また、意味の問題と感情の問題の関係性の解説としては社会学者宮台真司さんの『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く』がわかりやすいかと思いますのであわせてご参照ください。

宮台真司『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く』垣内出版、2016年。

 


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