【感想】何故自分だけ「不幸」なのか~西加奈子『i』を読んで

本・書評

ウーム、全体としての評価が難しい。

前半、中盤、後半で印象が断絶している。

なので、それぞれのパートごとに印象を語っていきたい。

何故自分だけ「不幸」なのか~西加奈子『i』を読んで

当たり前がない時代を代表するかのような主人公

前半部分は、すごい!の一言。

現代社会を生きる誰もが抱えうる問題を、巧みな設定と繊細な感覚によって浮き彫りにし、掘り下げることに成功している。

主人公のアイにはめちゃくちゃ共感できたし、描写される内面深みにどんどん引きずり込まれていく感じを味わった。

どういうことか言葉を少し付け足してみよう。

今の時代はどんな時代かを一言で言えば「当たり前がない時代」である。

何が正しくて、何が利益になって、どう生きるかについて、みんなで合意できるモデルがない。

例えば、「いい学校、いい会社、いい人生」のモデルを疑いなく抱き続けることは難しい。

大企業に入ってもそれがずっと存続していく保証はもはやないし、大企業で出世することが幸せだと感じられない人も多いだろう。

ミレニアルと呼ばれる2000年以降に成人した世代を中心に、責任は軽めで、自由で、柔軟な働き方ができることを重視する人も増えている。

家族の形もいろいろだし、インターネットやSNSの影響で趣味もどんどんニッチに細分化されて行っている。

個人の自由を重視するリベラルな価値観が全面化しているといってもいい。(橘玲『働き方2.0vs4.0』)

それだけを聞くと自由で、めちゃくちゃいいことのように聞こえるかもしれない。

しかし、自由とはすなわち「当たり前」がないということ。

「当たり前」がないということはすなわち、自分で考えて選ぶ必要があるということ。

この「選ぶ」ということが曲者で、人によっては悩みや不安を引き起こしたりする。

親から「あなたは将来何になってもいいのよ」と言われてうれしいとは思わず、むしろ「自分が何をしたいのかわらかない」と悩んだことがある人も少なくないだろう。

主人公のアイにはこの「選ぶ」を究極に突き詰めたキャラ設定がなされている。

アイはシリア出身のNPOに保護された子供であり、ニューヨークに住む夫妻の下に養子としてやってきた。

しかも、夫妻は金髪碧眼の白人のアメリカ人と日本人である。

アイと見た目的なつながりを何も感じさせない。

アイとの間に「必然性」を匂わせる要素がなく、アイはそのことで「選ばれてここにいる」と感じる。

「選ばれた」ことを肯定的にとらえられればいいが、アイは残念ながらそうではなかった。

「選ばれた」ということは「理由がある」ということ。

すべてに対して「なぜ」という疑問が入る余地がある。

選ばれたのはなぜ?

愛してくれている(ようにみえる)のはなぜ?

自分に良くしてくれているのはなぜ?

アイという少女には「なぜ」を問わなくて済むしっかりした足場がないのだ。

これが血がつながった親子であればどうだろう。

なぜ自分によくしてくれるのか?ものを買ってくれるのか?ご飯を作ってくれるのか?

血でつながった「必然」の関係性であれば、良くも悪くも「親だから当たり前」という説明に一定の説得力がある。

愛の理由を問わなくて済む。

関係性をしっかりした足場に感じやすい。

だからこそアイは、歴史のある昆布屋の跡取り娘として生まれて見合いを迫られる親友のミナを「うらやましい」と感じる。(逆にミナがアイの境遇を「自由でうらやましい」と発言するシーンは胸が痛くなった)

だが、アイにはその必然も、当たり前もない。

どうすればいいか、何をすればいいか、何を選べばいいか、全く方向感覚がない。

さらに、共感能力が高く、良い子なアイは、自分だけ選ばれたことに罪悪感まで感じ、シリアの紛争などの世界中の悲劇と死者のニュースに心を痛める。

「なんでこの人たちに起きた不幸は私に対してじゃないのだろう」

このようにアイは、ぼくたち現代を生きる人間の悩みを究極に突き詰めた存在だといえる。

終盤の描写と落としどころは表紙のように美しい

この「当たり前がない」が故の罪悪感や悩み、葛藤、不安をどう解消していくのか、前半を読んだ後は先が気になって仕方がなかった。

が…

ウーン、中盤はおそらく評価が分かれると思う。

不安解消のきっかけがいささかチープに感じた。

中学生になったタイミングでアイはニューヨークから日本に越してくる。

日本に越してきて親友のミナができて多少はましになるが、それでも「当たり前がない」「恵まれる私への罪悪感」という悩みは継続される。

思春期ゆえの自意識と合わさり、アイはどんどん内省的になっていく。

そして東京で大学院まで進学する。

このころには自然に生じる「恵まれた私に対する罪悪感」は少しずつ薄れていき、内省的ゆえにコミュ障な自分だけが残る。

事実「恵まれた私に対する罪悪感」はもはやアイの行動を方向づけるだけの強い動機にはならず、「恵まれない子もいるのに」と言いつつバカ食いしてブクブクと太りだす。

逆に「恵まれた私に対する罪悪感」にすがり、コミュ障でイケていない自分を正当化しようとしているようにも感じる。

ちょうどそのときに東日本大震災に被災する。

震災に放射能汚染という「不幸な必然」に襲われたアイは、高揚感に浮かされたようなふるまいをする。

なんか急にはりきりだす。

まるでサッカーのワールドカップで渋谷でお祭り騒ぎとして、日常の溜飲を下げるかの如く。

チープなナショナリズムに興奮して、普段のダメな自分を忘れるかの如く。

個人の悩みを社会に投影する「セカイ系」のような幼稚さを感じられる。

しかもなぜか急に痩せるし笑

反原発デモに急にはまってはしゃぐし笑

そこで恋人見つけてドはまりするし笑

ここでぼくは一気に共感できなくなり、アイに距離を感じた。

それまで「恵まれた私に対する罪悪感」で悩んでいるようにふるまいながらも環境に甘えて怠惰にブクブクと太っていたのに、非日常的なイベントが起きてそれが解消するとかどんなご都合主義だ!笑

と言いたくなったが、この読者がアイに共感できなくったのは、筆者が狙ってやったことだろうか。

実際チープでインスタントのカップ麺のような救済は、後半に向けての展開の中であっさりと崩れ去る。

ここの部分の評価は、もう少し反復して読まないと何とも言えないので保留にしておきたい。

僕は中盤のこのチープさと、アイとの間にできた距離を引きずって後半に突入してしまったため、ラストの素晴らしいシーンも少しとってつけのチープなものに感じてしまった。

しかし、ラストの落としどころとその描き方はめちゃくちゃいいんだよなあ。

ラストのなのであまり詳細は書かないが、「当たり前がない」少女が成長して、世界の途方もなさに触れて「無条件の承認」を獲得するという筋書きはめちゃくちゃキレイだった!描写も!

正に表紙の抽象画が示す様な世界!

やっぱり中盤の展開をどう評価するかが問題だ。

もう少し重ね読みをしてみたいと思う。

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