平野啓一郎『本心』ネタバレ要約と感想|理想主義の現在地

mother 本・書評

現在、私たちの社会は、激動の時代を迎えています。

そこにはもちろん、いい「イノベーション」が起きているという側面もあれば、わるい問題が噴出しているという側面もあります。

その様な時代に生きている私たちは、どのように変化と対峙すればいいのでしょうか。

「善き伝統」を守る?

変化に対応する?

仮想世界に自分の居場所を見つける?

その問題に真正面から取り組んだ作品として、平野啓一郎氏の『本心』があげられます。

平野啓一郎『本心』コルク、2021年。

この記事では平野啓一郎『本心』のネタバレを含めた要約と解説を行い、感想を述べます。

平野啓一郎『本心』を理解する3つのポイント・テーマ

・本心とは何か

・貧困を解決すれば、人は幸せになれるのだろうか

・社会的弱者が仮想空間を生きがいとするのは現実逃避なのだろうか

平野啓一郎『本心』のネタバレ要約

舞台は自らの死を自己決定できる「自由死」が合法化された日本。

主人公朔也は派遣労働を行いながら、母と二人暮らしをしていた。

主人公がしているのは金持ちに体を貸し出し、現実世界におけるリアル・アバターとなって何でも請け負う仕事だ。

そんなある日、70前の母から「自由死」を望んでいることを告げられる。

「あなたがそばにいるときに、看取られながら死にたい。もう十分生きた」と。

朔也は唯一の家族である母の死を認められず、「自由死」を拒絶する。

しかし、朔也が仕事中に母は、落下してきたドローンに衝突して事故死してしまう。

朔也はこの世界にただ一人取り残される。

彼は母が何故「自由死」を望んだのか、彼女の「本心」を知りたくて仮想空間上に母そっくりの人工知能(VF)を作成することを依頼する。

主人公の心の中には「母は経済的に不安定な自分の負担にならないために自由死を選択したのでは」という疑念があった。

仮想空間上によみがえった<母>と会話していく中で、生前の母と親しくしていた数人の人物が浮かび上がる。

そのうちの一人が母が勤めていた旅館の同僚で、主人公の2つ上の女性の三好だった。

朔也は母のことを聞きに、三好と会っているうちに、彼女に好意を抱くようになる。

ある日、異常気象の台風で三好は住んでいたアパートは損壊する。

朔也は死んだ母の空いている部屋に滞在することをすすめる。

三好は主人公の家にしばらく滞在することになるが、主人公の好意を察していた三好から男女関係にトラウマがある旨を告げられ、くぎを刺されてしまう。

三好の信頼に応えたい主人公は自らの好意を封印することを決める。

そんなある日、朔也は外国人女性が迫害に合っている場面に行き合う。

朔也は彼女を助けるが、その動画がSNSに投稿されてバズり、イフィーと呼ばれる青年起業家の目にとまる。

彼は身体障害を抱えていたため、自らの身体を自由に動かし正義を遂行した朔也に憧れに近い感情を抱いていた。

イフィーは朔也を好条件で直接雇用し始める。

朔也も自分を必要としてくれる感じのいい青年に好感を抱く。

あるクリスマスにイフィーからパーティに誘われたとき、朔也は同居人の三好もつれて参加し、イフィーに紹介する。

イフィーと三好もすぐに打ち解け、三人はともに時間を過ごすようになる。

次第にイフィーと三好はお互いにひかれていく。

それを察した朔也は二人の間を取り持ち、身を引く。

彼女たちと時間を共にしている中で人として成熟した朔也は、母の「自由死」を選択した心情を受けとめられるようになっていた。

朔也はイフィーの仕事を辞め、自分がこの世界でやるべきことに取り組む決意をする。

平野啓一郎『本心』の解説

本心とは何か

序盤の主人公の朔也は「もう十分生きた」から「自由死」を選択するという母の言葉を信じることが出来ません。

そこには「経済的に困っていなければ母は死ななかったのではないか」という想いがあります。

だから、母の本心を探る中で他人から「彼女は十分に幸せだったから人生に満足してこの世をされた」と言われても、それに納得することが出来ません。

年寄りをお荷物扱いし、自由死を賛美する社会のプレッシャーによって、自由死という選択を選ば「させられた」のではないかという疑念がずっと晴れません。

しかしそこに、「そういったプレッシャーが社会に存在するのは当然で、その中での意思決定も自由意志といえるのでは」という趣旨の言葉も主人公に対して向けられます。

ここで題名にもなっている「本心」が問われます。

社会や環境の影響から独立した純粋な本心なんてあり得るのでしょうか。

たとえば、「自由死」という概念がない社会であっても何かしらの社会からの同調圧力は存在します。

「働かなければいけない」「結婚しなければいけない」など。

どのような社会であってもそこから完全に自由になることは不可能です。

それはたとえ金銭的に裕福であったとしても同じです。

たとえば、エリートの家計に生まれたがゆえに、親の敷かれたレールの圧力が強すぎて、自分の意思決定ができないなどです。

にもかかわらず母の「純粋な本心」を追い求め続ける序盤の主人公は読者には、ナイーブで子どもっぽく映ります。

貧困を解決すれば、人は幸せになれるのだろうか

Poverty

また、この「本心」というテーマは「貧困を解決すれば、人は幸せになれるのだろうか」という問題とも地続きです。

主人公の「プレッシャーから独立した本心というものがある」という当初の考えにも続けば、人は経済的に裕福でない限り、自由な意思決定はできないということになります。

それはすなわち、自由意志のない中で「幸せ」と感じていたとしても、「本当の幸せ」を実現できな自分への「現状幸せだからそれでいい」という強がり・言い訳・自己欺瞞であり、「真の幸せではない」ということになります。

そのため、主人公は「自由死を選んだ母は不幸だった」と結論付けざるを得なくなります。

正しいかどうかは置いとくとして、平均賃金が右肩下がりの現在の日本においてその考え方だけに固執すれば、多くの人は不幸にならざるを得ないということになります。
(参照:全労連「実質賃金指数の推移の国際比較」

社会的弱者が仮想空間を生きがいとするのは現実逃避なのだろうか

そして、この「貧困を解決すれば、人は幸せになれるのだろうか」というテーマは作中で、「社会的弱者が仮想空間を生きがいとするのは現実逃避なのだろうか」という問題とも結びついています。

例えば、三好は仮想の世界で楽しみを見出して現実世界を耐えしのぐ姿勢を肯定します。

それに対して朔也は異論を述べます。

「それは現実逃避であり、現実は何も変わらない。現実の支配者階層にとって都合のいい選択だ」と。

もちろん、それは一理あります。

社会学者の宮台真司氏によれば、現にピーター・ティールなどの「加速主義」を採用する支配者階級は、コストのかかる経済的な再分配をあきらめ、貧困者にはドラッグや動画サービスなどの無料の娯楽で「ハッピー」になってもらおうと考えているといいます。

支配者が与える「アメ」に満足していたら、社会を変えることが出来ないという考えは、最近であれば、『人新世の「資本論」』を執筆した斎藤幸平氏も主張しています。

では、朔也はどうするのでしょうか。

「世の中は平等であるべきであり、そうなるように世の中を変えるべきだ」という方向で常に物事を考えます。

それは1960年代の左翼的な発想と地続きであり、究極的には暴力的を使った革命をも肯定することにつながります。

実際に、主人公は「非合法的手段」による「社会変革」をもくろむ、集団ともニアミスします。

ここに三つの問題が存在しています。

ひとつは現在幸せだと思っている人の幸せを否定していいのかという問題。

もうひとつは世の中を変えるとしてどういった手段までが肯定されるべきかという問題。

最後は世の中ではなく自分を変えるという選択肢に対してはどう向き合うのかという問題です。

「ピュアな本心」や「こうあるべき」という過度な理想主義に憑りつかれている限りは、そういった問題に対して乱暴な回答しか提示することはできません。

本書においてこれらの問題はそれぞれの登場人物の立場の違いとして仮託され、議論が展開されます。

朔也が三好やイフィーなどの現実を生きる人間との交流を通して、そのような問題に向き合い、過度な理想主義を紐解いていきます。

本書は「社会的弱者が仮想空間を生きがいとするのは現実逃避なのだろうか」や「貧困を解決すれば、人は幸せになれるのだろうか」という正に現実における問題に向き合うことを通して、最終的に母の「自由死」の問題につながる「本心」という抽象度の高い物語の出発点のテーマに対して整理をつけていく物語と言えるでしょう。

平野啓一郎『本心』の感想

思想や心情に対して説明的すぎるなど、好みがわかれる点は多々あるかと思います。

いやー、最近の若者はそこまで家族に実存を重ねるか?マザコンじゃん…とかも思ったり笑

しかし…

「まさにこれが必要だった!」という感覚が残る作品です!

最近の文学を読んでいると「それ今考えること?」や「それ昔の作家も散々悩んできたことやろ」と思うことが少なくありません。

例えば、「内気で周囲となじめない生きづらいボク」などをテーマにする作品群です。

散々取り扱われてきた主題ですし、「変化の激しい現在はウジウジ悩んでいる間に死んでしまうで!」という思いがぬぐえず、いまいち没入できずにいました。

いい大人になった主人公たちが恋愛で周りを巻き込んで大騒ぎしている作品を見ると、「余裕ある人のぜいたく品だな」と感じたり、滑稽に思ったりすることも少なくありません。

もちろんエンタメ小説であればそれでも全然問題ないと思いますが、文学である以上現実や社会との接続点が欲しい。

そこで、この作品です。

VRや経済格差、死の自己決定などの今日的なテーマを取り入れながら、解説で述べたような「人間の本質」に迫る問題に取り組んでいます。

「ああ!それは私も考えてた!」「その言語化はしてなかった!」など、まさに筆者と格闘しながら、自分の思考を深めながら読めました。

読者の漠然と抱いているものとリアルタイムで同期できる名作です!

平野啓一郎『本心』の引用したくなる名言

口を開く余裕はなく、肉体はただ、機械化するだけの経済合理性もない仕事のために、言わば疑似機械として酷使された。

それが出来るなら、僕はせっかく良くなった社会を、大切にしたいと思うだろう。それを壊してはいけないと心から信じられるはずだった。

 



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