『ライティングの哲学』の要約と具体的な方法8選|気づいたら書いてしまっている

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真っ白なWordの画面を見て逃げ出したい思いに駆られたことはありませんか。

文章を書かないといけないにも関わらず、全く手につかなくて思わず席を立ってしまったという経験はありませんか。

そういった「ライティング」に伴う悩みは、みんなに共通のものであり、それは文章のプロも例外ではありません。

哲学者の千葉雅也氏らによる『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』はそういった悩みについて赤裸々に語り、そういった問題を突破するヒントを提示してくれます。


千葉雅也、山内朋樹、読書猿、瀬下翔太『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』講談社、2021年。

この記事では、『ライティングの哲学 書けない悩みのための執筆論』を要約するとともに、その中で語られる方法を紹介することで、「文章をうまく書く技術」以前の「書けない」という段階でつまずいてどうしようもないという問題の突破口を模索します。

気づいたら書いてしまっている」を目指しましょう!

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『ライティングの哲学』の3つのポイント

・諦めこそが書くためのコツである

・ツールを使うことで、自由に制約をつける

・「書かないで書く」という感覚が重要

『ライティングの哲学』の著者

■千葉雅也
哲学者。立命館大学教授。
■山内朋樹
美学者。庭師。京都教育大学准教授。
■読書猿
読書家。書評メルマガを執筆。
■瀬下翔太
編集者。NPO法人bootopia代表理事。

『ライティングの哲学』のひとこと要約

『ライティングの哲学』は執筆に携わる4人の識者による、どうすれば書くことが出来るかについての対談をまとめた著書である。

4人とも共通して「うまい文章を書く」という以前の問題として、「書くのがしんどい」「作業が手につかない」という問題を抱えている。

本書ではそういった問題に対して、「執筆の無限の可能性をあきらめること」が書く苦痛を軽減させるという考えをベースにして、具体的な方法論を考えていく。

『ライティングの哲学』のじっくり解説

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なぜ人はいざ書くとなると文章が思うように出てこないのでしょうか。

色々な原因があるかと思いますが、『ライティングの哲学』が注目する根本的な原因は「自由すぎる」ということです。

人は書くとなると真っ白な紙の前に座らされます。

そこには何の道しるべもなく、暗闇のような自由が広がっています。

その寄る辺なさに、何をすればいいのか途方に暮れてしまうのではないでしょうか。

そのことを筆者の一人の瀬下氏は以下のように述べています。

いきなりエディタに向き合うと「さあ、この真っ白な紙に、君の作家性をぶつけてごらん」みたいなことを言われている気がしてきて、なにも書けなくなってしまうんですよね。

また逆に「自由すぎる」ということは、完成間近になっても「もっともっと」「まだクオリティをあげられるはずだ」といつまでも完成を先延ばしにしてしまうことにもつながっています。

このように書くという行為が持つ「何でも書ける」という自由と無限の可能性が人が書くことを困難にしているのです。

その「無限の可能性」への対策として、本書は「諦め」を推奨しています。

「もっともっと」書ける可能性はあるけど、その可能性を断念する。

自分はつまらないことしか書けないことを受け容れる。

それが、書くことの苦しみを軽減してくれると著者たちは言います。

『ライティングの哲学』はその「諦め」の方向性を主に二つ提示しています。

  1. 「外部足場」:ツールという制約
  2. 「書かないで書く」:執筆を日常に溶け込ませる

以下ではそれぞれを説明していきます。

「外部足場」:ツールという制約

一つ目の「自由の諦め」の方向性は、Wordのような本番の原稿を作成するための自由度のテキストエディタの前に、他のツールを使うことで制約をかけるものです。

『ライティングの哲学』の中では特にWorkflowryのようなアウトライナーに言及されています。

アウトライナーは箇条書きをベースに文章の構成を考えるツールです。

Wordのようなテキストエディタよりも使い方が制限されています。

逆に言えばその使い方に従って言葉を埋めてさえいれば、文章っぽいものが自然に出来上がります。

本文中ではその効果を以下のように表現しています。

アウトライナー上で作業していることが、かなりの部分、全部ではないですが思考の肩代わりをしてくれている。

アウトライナー上でどういう作業をどういう手順でやるかということも、手の動きとしてある程度決まってきていて。

並べ替える、分割する、分析する、詳細を決めてもう1回隠して……ということを手が覚えていて、頭でやらないといけないことを肩代わりしてくれている、という影響はあった気がしますね。

手続き化されている。

このように、システムによって自由な思考に枠組みや制約を与えることで、逆にライティングをスムーズに進めることが出来ます。

「書かないで書く」:執筆を日常に溶け込ませる

二つ目の「自由の諦め」の方向性は、「執筆を日常に溶け込ませる」ものです。

「執筆」にはハードルの高いイメージがまとわりつきます。

  • 意味のあるものを作らなければならない
  • 段落の構成ががどうこう、文同士のつながりがどうこう
  • 表現の技法を凝らして・・・

これは「執筆」が自由であるがゆえに人は執筆をするときに、「自分を表現しなければ」という強迫観念と、自由すぎては人に見せられる文章にならないから「規範」を守らなければならないという義務感の、二つに向き合わなければならないからです。

この高度なことを実現しなければならないという思いが、人をパソコンについて書き始めるという行為から足を遠のけさせます。

そこで『ライティングの哲学』では「執筆を日常に溶け込ませる」ことで、自由であるが故の困難をやり過ごす。

あくまで日常の出来事をスマホにメモする行為の延長に「書く」ということを置くわけです。

その感覚について本文中では以下のように表現されています。

「いまから文章を書くぞ」そんなことを考えたら、その瞬間に感情は死ぬ。

気持ちが乗っているときも、あくまで自分はラリって「メモ」を書きつけているだけなんだと言い聞かせよう。

執筆しているという感覚をなくすことで、執筆に伴う自由と向き合わずに済むということです。

『ライティングの哲学』のライティング手法・心得8選

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では、解説で話した方向性を具体的にどう実践していくのでしょうか。

『ライティングの哲学』で言及している手法・心得を8つほど紹介します。

書けるものを書いておけばいい

自分が書けるものをしょぼいものと認めて、誤字も脱字も気にせず箇条書きでもいいからとりあえず書いておく。

ハードルを極限まで下げて、「パワポ」を作る感覚で書き始める。

文をむりやり「順接」につなげなくていい

人は二つの文が並んでいたら、意外とその間に意味を見出してくれるもの。

丁寧に論理を埋めようとて、間に別の文を入れたりしなくていい。

隙間時間スマホぽいぽい

気散じ状態で書く。

意気込んてパソコンの前に座ろうとするから執筆のハードルが高くなる。

隙間時間にスマホに文をぽいぽいと投げ入れておいて、気づいたら素材がたまっている感覚。

無能フィルター

アウトラインを作った後、それをコピーしたり参照したりせずにゼロから本文を書く。

自分の頭のなかにある情報で書くことになるため、自分が情報をコントロールしきれないということがなくなる。

原稿の最大の有限化装置は締め切り

自由に枠をはめる最大の装置が締め切りである。

締め切りがあれば、書かざるをえないし、もっともっととクオリティを追求することができなくなる。

自然と「諦め」ができる。

他人ならどのように書くかを書く

詰まったときには他人であればどう書くかを考えて書く。

自分が好きな文章を書く人などを模倣する。

他人という枠があれば、自分勝手に書くことが出来なくなるため、自然と自由が制限されて方向性が決まる。

具体的なことから書く

最初から意見や抽象的な議論を書こうとするから難しい。

「今日何があった」という日記レベルの具体的な事実を書くことから始め、それを徐々に抽象化してくと書きやすくなる。

音声メモやSNSでの他人とのコミュニケーションも素材にする

「執筆」は日常から始まっている。

素材を書き写すところから始めれば、「よし、書くぞ!」と気合を入れなくて済む。

『ライティングの哲学』の思わず引用したくなる名言

書かなくても「原稿」さえできればいいんですよ。

執筆は、究極のところ、進捗とモチベーションの管理に帰着する。

「ドラフト」と言うとラフでも原稿として体を成している感じがするので、さらにハードルを低くするには、「素材」でいいと思う。

 


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