努力は裏切らない、という言葉は不正確です。
正しい場所で、正しい方向を向いて、十分な量なされた努力は裏切らない、が正しいんです。
東進ハイスクール講師の林修先生の名言です。
「確かに努力は裏切るよな。正しい努力をやらないと」と納得する人も多いかと思います。
しかし、次の瞬間にはまた新しい疑問が頭に浮かんでいるはずです。

どうやったら正しい努力ができるんだ!? 何が正しいかってどうやって見極めるんだ
本記事では「再現性」をキーワードに正しい努力の仕方について話をします。
正しい努力をするためには再現性のある方法を学ぶ必要がある
正しい努力には正しい努力の見本が必要だ
まず大前提として、正しい努力をするためには正しい努力が何かを知る必要があります。
そしてそれを知るには参照点=見本が必要となります。
例えば、ある人がルール以外何も知らない状態でバスケットボールを始めたとしましょう。
その状態でシュートがうまくなる努力を始めたら、ひょっとしたらドッジボールの投げ方でシュートの成功率を上げようとするかもしれません。
しかし、経験者の動きを見たり教科書を読んだりしていれば、シュート効率がいい「フォーム」というものがあることを知れます。
そしてそのフォームの改善という方向に努力することができます。
本当のゼロから我流で試行錯誤を繰り返すのこの上なく非効率です。
正しい努力には正しい努力の見本が必要不可欠です。
正しい努力の見本が示す方法には再現性があるか
しかし、ただ見本があるだけではだめです。
正しい努力をするためには、見本が示す方法が再現性を持っていること、つまり同じことをすれば同じ結果が返ってくること必要となります。
宝くじを当てた男にいくら宝くじを当てる方法を聞いて、宝くじを買い続ける努力をしたとしてもそれは大金を得るための正しい努力ではありません。
再現性のない方法や手段に固執しても正しい努力を行うことはできないのです。
では、ある見本が再現性を持っているかどうか、どのように判断すればいいのでしょうか。
正しい努力を促す再現性に対する考え方
再現性の種類と本質
再現性のあるものとして代表的なものとして、学術的手法によって導かれた法則が思い浮かぶかと思います。
しかし、お堅い本に書かれた方法を実践してうまくいかなかったことはなかったでしょうか。
逆に、今まで見逃してきた方法の中に、本当に自分が望む成果につながる方法はなかったのでしょうか。
これらの質問にに迷い無く「YES」と言えないのであれば、おそらく「再現性とは何か」に関する認識が不正確です。
一口に再現性といっても種類があります。
そして、種類によって向き合い方も変わってきます。
これを理解していないとせっかく見本を見つけたとしても、全く自分に生かせず終わってしまいます。

「うまくいっている人の意見を聞いていたけど、その人が特殊すぎて合わなかった」
「先人の意見やうまくいったことの成功談は個人的な体験だから、自分に合うかどうかはわからないと無視していたら、何を基準にすればいいのかわからなくなった」
「学術書を読んで正しい努力の仕方を学んだはいいけど、実際には全く役に立たなかった」
このような事態を避けるためにも二つ種類の再現性を分けて考える必要があります。
その二つとは「個人の中での再現性」と「一般性のある再現性」です。
以下では、これらの二つの再現性を、社会学の基本的な考え方である「あらゆる法則には前提がある」と言う視点から分析します。
個人の中での再現性とは!?
「個人の中での再現性」とは同じ人が同じ方法でを同じ成果を繰り返して出せることです。
たとえば、様々な事業で成功を収め続けている事業家の方法論です。
書籍で言えば、主に自伝等の偉人の成功談から学ぶことができる方法です。
これは一見すると「単なる個人の意見で、たまたまうまくいっただけかもしれない」ように見えます。
確かにたまたま一度うまくいっただけの一発やなら、その人の経験が別の場面でも生きる可能性は限りなく小さくなります。
しかし、十数年、数十年とずっと成果を出し続けた人の方法論ならどうでしょう。
その十数年、数十年間、その人に試練が訪れたのがたった一度とは考えづらいです。
何回もの試練によってその方法論は試され、磨かれているはずです。
つまり、個人の方法論であっても個人の中での再現性が認められるのです。
しかし、だからといってその方法論がそのまま使用できる訳ではありません。
「その方法論は私には合わなかった」問題があります。
なぜ、このような事態が起こるのでしょうか。
方法論が再現性をもって機能するためには、暗に前提とされている条件を満たす必要があります。
個人が語る方法論が機能する前提条件は他の人が満たしていない可能性が非常に高いです。
前提条件とは、たとえば、考え方や行動習慣、人間関係です。
ある経営者が「好きなことをしていればうまくいく」と言う方法論を推奨していたとしましょう。
それはその経営者が長年成果を出していればいるほど、個人の中での再現性がある可能性は高くなります。
しかし、それが他の人においても機能するためには、隠れた前提を解き明かす必要があります。
たとえば「好きなことをやって失敗する方が好きなことを我慢してそこそこの生活をするよりもいい」という考え方や、「好きなことをして失敗した時の受け皿として社会制度が整備されている」という環境が前提となっていたりましす。
つまり、「個人の中での再現性」がある方法論を機能させるには、ただ方法論を選ぶだけでは不十分であり、自分の前提を変化させることが大前提となります。
自分の前提を模倣する対象の前提に近づける努力をして初めてその方法が機能するのです。
一般化された再現性とは!?
「一般化された再現性」とは別の人が同じ方法で同じ成果を出せることです。
たとえば、マニュアル等が整備され、誰がやっても同じ結果が出せるように整備された業務手順等です。
書籍で言えば、主に学術的な研究をベースに書かれた著書(専門書や堅めのビジネス書)から学ぶことができる方法です。
学術的な研究とされるための大前提は一般性があることですので、「個人の中での再現性」と異なり、その研究の想定している対象は自分と近くなる可能性が高くなります。
そうすると、方法論はそのまますぐに使用できるように思えてしまいます。
しかし、そこに落とし穴があります。
科学というのは論理学等の一部を除いて、全て帰納法によって導かれています。
任意の枠の中から対象者を選択して、その中で当てはまる法則を導き出している統計です。
統計ですので、特定の個人がその統計の平均、標準値からずれることがあります。
つまり、ここでもその方法論が前提としている条件を「私」が満たしていないという事態が発生します。
その時には、自身の前提を変えていく努力が必要になります。
たとえば、心理学の本を読んだケースを想像してみてください。
本に書いてある心理テクニックをそのまま実践しようとしてもうまくいかず、「この本は使いずらいな」と感じたことは無いでしょうか。
そして次の本を手にとるがうまく使えず、また次に移ります。
同じことを繰り返して数冊本を読んだ後、結局何も身につかず「なんだ、心理学って使えないな」と思ってしまう、このようなことはありませんか。
心理テクニックを使うための前提を満たした自分になる(例えば、こちらの感情を見せない、会話の誘導、洞察力など)必要があります。
このように、「一般化された再現性」をもった方法論は、その一般性故に「取り入れればすぐ効果が出るだろう」というという意識が引き起こされるため、それを自分の血肉にする努力がないがしろになりがちです。
程度差はあれ、方法論の「学習と選択」に加え、自分の状態をその方法論が暗に前提としている条件に近づける努力が必要となります。
まとめ
・正しい努力をするためには正しい見本が必要になる。
・正しい見本の条件は、見本が採用している方法論に再現性があることである。
・再現性があると言える見本は、大きく分けると「長期間成果を出している個人の方法論」か「科学的手法によって導かれた理論」である。
・「長期間成果を出している個人の方法論」と「科学的手法によって導かれた理論」は、それらが暗に前提としている条件が、どれくらい多くの人に当てはまるのかにおいて異なる。
・再現性がある方法論であっても機能するためには、暗に前提とされる条件を見つけ、自身をそれを満たすように修正する必要がある。